ちょっと頻度を増やせたらなと思って、書いています。
(1日頑張ることは誰にでもできて、続けることは難しい)
まあ、ぼちぼちやれたら・・・
こう見えて(どう見えて)感覚派というか、思考を停止させて物事に取り組むタイプの人間なので
そうならないように心掛けている。
そのためには、外に向けて自分が何をしているか、何がしたいのか、何を考えているのかをアウトプットすることが大事だと信じている(これはもはや哲学的なもの)。
今日ある話を聞いていて、これではあかんなあと思ったことがある。
コンプライアンスにうるさいので、ざっくり言うと自分に足りてない能力は何かを問われた時に
これが足りないと答える人が多いので、こういうサービスをしましょうというもの・・・
しかし、それ、本当に足りていない能力なの?
そもそも、みんな足りていないから、現状聞いた人たちにその能力がなくてもその時点では何も問題にならないのでは?と思うのである。
たとえるならバンバン英語論文を通している先輩研究者を見た大学院に進みたいという学生に、自分に足りない能力は何か?と聞いたら
英語で論文をバンバン書いてIF高い雑誌に載せる能力です。
と答えたとして
では大学4年間の教育ではそれが足りなかったんだね、かわいそう
にはならないと思うし、仮にその能力を養ってあげても、
いやいや、最初は文献検索の仕方から、研究計画を立てて、効率よく実験する能力でしょうが。となることもあるだろう。
いやいや、もはや混乱するのでたとえ話は置いておいて
何が言いたいかって、「本当の自分の課題や、問題をクリティカルに語るというのは難しい」という話
だから客観的な評価が必要だし、いわゆるアセスメントをしてあげないといけないよね
っていう話、
これはスポーツ現場でも往々にして目にするもので、こと、組織運営についても同じことが言える
もちろん、自分自身が自分に正しい評価を下せているかといえば、そうではないだろうし(そうだったら、こんな状況じゃない)
ここに落とし穴があります!と言って跳び越えた先が本当の落とし穴であることがある
なかなか簡単ではないものの、本当に今の評価正しいか?と自問する事が落とし穴を見落とさないコツかもしれないな
もう少したとえ話がうまくなりたい・・・